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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12334号 判決 1985年9月30日

原告

石井軍二

ほか一名

被告

株式会社はとバス

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告らそれぞれに対し、各自各三五六万八二四七円及びこれらに対する昭和五八年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年三月一五日午前八時〇七分ころ

(二) 場所 東京都品川区南大井四丁目六番四号先路上

(三) 加害車両 (1) 普通貨物自動車(品川四四や・・・八、以下「小山車」という。)

右運転者 被告小山貞夫

(2) 大型乗用自動車(品川二二か一四一一、以下、「佐藤車」という。)

右運転者 佐藤恒雄

(四) 被害車両 原動機付自転車(大田区こ八四九七、以下「石井車」という。)

右運転者 亡石井一夫(以下「亡一夫」という。)

(五) 事故態様 亡一夫が、石井車を運転して事故現場道路を進行中、小山車の右後部側面に接触して、路上に跳ばされ、折から進行してきた佐藤車の左後輪にまきこまれ、死亡した。

2  責任原因

被告株式会社はとバス(以下「被告会社」という。)は、佐藤車の所有者であり、被告小山は、小山車の所有者であつて、いずれもその所有に属する車両を自己の運行の用に供していたものである。

3  損害

(一) 逸失利益 二〇五五万六六六〇円

亡一夫は、株式会社栄製作所の専務取締役の地位にある原告石井軍二の長男で、事故当時一六歳で都立蒲田高等学校普通科に在籍し、大学に進学することを予定していたもので、亡一夫が大学に進学し卒業のうえ就職する高度の蓋然性があるから、亡一夫は、事故がなければ大学卒業時の二二歳から六七歳まで稼動し、その間賃金センサス大卒の男子平均賃金である月額一七万二六〇〇円の所得を得られたはずであるから、これを基礎として、生活費として五〇パーセントを控除し、新ホフマン式計算法によつて年五分の割合の中間利息を控除して、亡一夫の逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、二〇五五万六六六〇円となる。

172,600×12×(1-0.5)×19,850=20,556,660

(二) 葬儀費用 一六四万〇三九〇円

(三) 慰謝料 八〇〇万円

亡一夫は、本件事故によつて死亡したもので、事故により多大の精神的苦痛を被つており、これを慰謝するための慰謝料としては、八〇〇万円が相当である。

(四) 原告らの身分関係及び相続

原告軍二は、亡一夫の父で、原告石井まさ子は、亡一夫の母であり、他に亡一夫の相続人は存しないから、原告らは、それぞれ亡一夫の前記(一)から(三)までの損害賠償請求権を法定相続分(各二分の一)の割合で相続し取得した。

(五) 過失相殺

本件事故の発生については、亡一夫にも不注意があるので、前記損害額合計三〇一九万七〇五〇円から三割の過失相殺をすると、残額は二一一三万七九三五円となる。

(六) 損害のてん補

原告らは、損害のてん補として、自賠責保険から一四〇〇万一四四〇円の支払をうけた。

(七) 前記(五)の金額から(六)の金額を控除すると、残額は七一三万六四九五円となるから、原告らの損害額はその二分の一に当たる各三五六万八二四七円(一円未満切り捨て)となる。

よつて、原告らは、被告らに対し、各自、原告らそれぞれに対し、各三五六万八二四七円及びこれらに対する本件事故日の後である昭和五八年一二月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実中、(1)から(4)までは認め、(5)のうち亡一夫が死亡したことは認め、その余は否認する。石井車が小山車に追突した箇所は小山車の右後部付近である。同2の事実は認める。同3の事実中、(一)から(三)まで及び(五)は争う。同(四)は知らない。同(六)は認める。

三  抗弁

1  免責

本件事故は、前方不注視等により自車の運転操作を誤つた亡一夫が、左折の合図をしながら減速していた小山車の右後部付近に自車を衝突させ、その衝撃で右方を並進走行中の佐藤車の左後輪付近に跳び込み、これによつて佐藤車に轢過されたもので、亡一夫の一方的過失によつて発生したもので、被告小山が小山車の運行に関し、被告会社及び佐藤が佐藤車の運行に関し、それぞれ注意を怠つた点はなく、小山車及び佐藤車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、被告らは、いずれも免責される。

2  過失相殺

仮に右主張が認められないとしても、亡一夫には前記重大な過失が存するのであるから、少なくとも九割の過失相殺が相当である。

四  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

記録中の証拠目録記載のとおり

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、事故発生の日時場所、小山車を被告小山が、佐藤車を佐藤が、石井車を亡一夫がそれぞれ運転していたこと、亡一夫が死亡したこと、同2(責任原因)の事実、すなわち被告小山が小山車の、被告会社が佐藤車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様並びに免責及び過失相殺の抗弁について判断する。

1  成立に争いがない乙一及び二号証、証人沖島智嗣、同白石正二、同丸山博、同山賀優子及び同佐藤恒雄の各証言並びに被告小山貞夫本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場道路は、品川方面(北々東)から大森方面(南西)に通じる歩車道の区別がある車道幅員約一八メートル、片側三車線(大森方面から品川方面に通じる車線は、歩道寄りの第一通行帯が幅員約二・七メートル、中央の第二通行帯が幅員約三メートル、中央線寄りの第三通行帯が幅員約三・三五メートル)のアスファルト舗装された平坦な直線道路(第一京浜国道、以下「甲道路」という。)と、大井競馬場(東南東)方面から池上通り(西北西)方面に通じる歩車道の区別がある車道幅員が大井競馬場方面から甲道路に接する部分が約一四・七メートル、池上通りから甲道路に接する部分が約六・〇メートルのアスファルト舗装された平坦な直線道路(以下「乙道路」という。)がほぼ直角に交差する信号機によつて交通整理が行われている交差点で、大森方面から品川方面に向けての見とおしは良好であり、最高速度は毎時五〇キロメートルに規制されており、本件事故当時、雨のため路面状況は湿潤であつた(別紙図面参照)。

小山車(トヨタ四九年式カローラバン一四〇〇cc、車長四・〇五メートル、車幅一・五七メートル)は、甲道路を大森方面から品川方面へ向けて、第一通行帯を時速約四〇キロメートルで進行し、別紙図面<1>点(以下単に別紙図面の符号で示す。)付近で、乙道路の池上通り方面へ左折するため、後方確認をし、<2>点で左折の合図をし、減速を開始し、さらに、<3>点で後方確認し、ほぼそのままの方向で直進しつつ、時速八キロメートル程度で<4>点付近(同車の右側端から第一及び第二車線の区分線(交差点内は線はひかれていないが)まで約三〇センチメートル)へ至つたとき、同車のX1点の部分、すなわち後部バンパー右側端及びその下部に石井車(スズキ五六年式原動機付自転車五〇cc車長一・八二メートル、車幅〇・六三メートル)の前ホーク左側部が衝突し、石井車は転倒し、そのはずみで亡一夫は、第二通行帯方向へ斜め右前方に跳ばされ、第二通行帯を第三通行帯に若干入つて、時速約五一、二キロメートルで走行していた佐藤車(いすゞ五二年式観光バス、定員五七名、全長一一・九七メートル、全幅二・四九メートル)の下に跳びこむ状態となり、X2点で同車の左後輪に轢過された。なお、X1から<カ>にかけて、長さ五・六メートルの石井車の擦過痕が印象されている。佐藤車は、本件事故発生前甲道路を大森方面から品川方面へ向けて、第二通行帯を時速約五一、二キロメートルで進行していたが、佐藤が乙道路に左折する小山車を発見したため、若干車線を変更し、第三通行帯と第二通行帯にまたがつて(第一通行帯側の歩道から同車の左側まで三・九六メートル)、速度はそのままの状態で進行し、本件事故現場に至つたものであり、佐藤は、石井車の動静に全く気がつかなかつた。小山は、前記のように、小山車を運転して甲道路を進行中、<1>点で三三メートル後方の<ア>点を自車に追随してくる石井車を認め、<3>点で一五・七メートル後方の<イ>点を進行してくるのを認めたが、それ以後衝突時までの石井車の位置は確認していない。本件事故当時交通は比較的閑散としていた。

右のほか、石井車の動静について明確なものはない。

以上の事実が認められ、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲一号証の二は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(証人佐藤の証言及び被告小山本人尋問の結果中に若干不明瞭な点はあるが、特に心証に影響を与えるほどのものではない。)。

2  そこで、右認定の各事実に基づき、被告らの免責の抗弁について判断する。

直進走行中の車両の運転者が、左折を開始するについては、後方の安全を確認する注意義務を負うことは明らかであるが、後方の動静を確認し、左折の合図をし、減速を開始した後においては、減速自体が後続車の追突を招くような急激なものでない限り、その後において、後続車の追突を避けるために何らかの注意義務があるとまでいうことはできない。これを、本件の小山車についてみると、前認定のとおり、小山は、<1>点で後方の安全確認をし、追随してくる石井車を認めたものの、車間距離が十分あつたため、左折の合図をしつつ減速し、ほぼそのままの方向で直進し、自車時速約八キロメートルになつたときに、石井車が追突してきたのであつて、亡一夫が追突を避けるために、何らかの操作をしなければならなかつたことは明白であり、亡一夫の過失があつたことは明らかであり、かつ、被告小山には過失はなかつたものといえる。また、弁論の全趣旨によれば、自賠法三条但書の他の要件は本件事故の発生と因果関係はないと認められるから、被告小山は、本件事故発生につき免責とされる。

従つて、原告らの被告小山に対する請求は、理由がない。

直進走行中における車両の運転者は、前方左右の安全に注意して右車両を運転する注意義務があることは明らかである。これを本件の佐藤車についてみるに、前認定のとおり、本件交差点に至るまで、小山車は、時速約四〇キロメートルで甲道路の第一通行帯を進行し、本件交差点を左折するために減速し、石井車は、小山車に追随して進行しており、佐藤車は時速約五一、二キロメートルで第二通行帯を進行していたのであり、本件事故発生時の三車の位置関係からみて(石井車と小山車が衝突したときと、亡一夫が佐藤車に轢過されたときには若干時間のずれがある。)、本件事故発生の少し前には、佐藤車の方が小山車及び石井車の後方を進行していたことになる。そうすると、佐藤が石井車の動静について全く気づかなかつたのは、前方及び側方につき注視義務をつくしていなかつたことによるものである。また、本件事故発生の直近においては、小山車が左折の合図をしたうえ減速していたのであり、このような場合、小山車の第一通行帯の後続車は、小山車の左折をまち、その後直進するのが適当な運転方法であるが、左折車が左折するのをまたずにその右側方を第二通行帯に入つて通過する車両も、それ自体不適当な運転であるとしても、ままあることであり、特に車幅の小さい石井車のような原動機付自転車にあつては、しばしばそのような運転がなされているのである。ところが、本件において、佐藤車は、石井車の動静に全く気づかずに、小山車が左折の合図をして減速しているのを認めたため、自車を若干第三通行帯に乗り入れる程度に車線を変更したまま直進したのである。そうすると、石井車の動静はつまびらかではないが、本件事故の小山車と石井車の衝突部位からみて、石井車は、小山車の右側方を通過しようとしたことが窺え、亡一夫は、そのとき、第二通行帯を進行する佐藤車をその直前まで気づかなかつたか、あるいは、その側方を通過できると即断し、通過しようとしたが、第一通行帯の幅が二・七メートルと狭く、小山車と佐藤車の側方の間隔が前認定の事実からみて一・五六メートルと僅少であり、かつ、大型の佐藤車が時速約五一、二キロメートルで進行していたことから、それに気をとられ、運転操作を誤つたため、右の衝突が発生した可能性は否定できない。すなわち、亡一夫の一方的な過失ではなかつた可能性がある。石井車の衝突時の速度は明確ではないが、従前の速度からみて、佐藤車より遅く、斜め右前方に跳ばされ、佐藤車に轢過されているから、本件衝突の時点では、佐藤車が石井車の側方あるいは若干後方を進行していた可能性が高いものである。亡一夫が死亡したことと、佐藤が左前方あるいは側方の石井車について注意を払わなかつたことによつて、石井車の動静につき判断する資料が乏しいが、この点の不利益は、免責の抗弁を主張する被告会社の側が負うべきである。そうすると、前記のような可能性があるので、佐藤は、前方及び側方注視の注意義務を怠り、それによつて石井車を発見していれば、第一通行帯が比較的狭いのであるから、自車を減速、あるいは大幅な車線変更を行うことによつて、亡一夫が小山車の右側方を通過するについて動揺を与えないような運転操作をすべきであつたにもかかわらず、それをせず、若干第三通行帯方向に車線変更したのみで、時速約五一、二キロメートルで進行した過失によつて、亡一夫の運転操作を誤らせ、石井車をして小山車に衝突させたことがないとまではいえないのであり、従つて、佐藤車の運行供用者である被告会社は、免責されない。

3  次いで、被告会社の過失相殺の抗弁について判断する。

前記のような、亡一夫の過失は、各車の位置関係からみて減速したうえ小山車の左折の後に直進すべきであつたのに、同車の右側方を、第二通行帯を佐藤車が進行しているため、危険であるにもかかわらず、これに気付かず、あるいは通過できると即断し、通過しようとしたものであり、結局運転操作を誤り、同車に衝突したというものであり、極めて大きいものがある。一方、佐藤の前記過失は、亡一夫の前記のような運転操作自体極めて不適当なものであるうえ、亡一夫が慎重に通過すれば可能であるだけの小山車との側方間隔はあり、かつ、石井車に接触したわけでもないことに鑑みると比較的小さく本件事故の過失割合は、亡一夫が八五パーセント、佐藤、すなわち被告会社が一五パーセントとするのが相当である。

三  原告らの損害等について判断する。

原告らの総損害は、その主張によれば、合計三〇一九万七〇五〇円である。そうすると、仮にその金額が損害額と認定されてもその一五パーセントは、四五二万九五五七円(円未満切捨て)となる。ところで、原告らが一四〇〇万一四四〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので原告らの損害はすべててん補ずみである。

従つて、原告らの被告会社に対する請求は、理由がない。

四  以上のとおり、原告らの各本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

別紙図面

<省略>

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